腕の下で喘ぐ女を、腰の運動は休めずにじっと見下ろす。理性も吹っ飛ばして喘ぎ散らす姿は滑稽だ。すると自身の腰の運動もなんだか間抜けに思えてくる。ぼくはとっととこの馬鹿げた行為を終わらせようと怠惰に必死に腰を動かす。少しでも快感を味わおうと、目を閉じて彼女を犯している想像をしてみたけれど効果はなかった。彼女はもっと慎ましく啼く。
「イズムくんって、もっと近寄りがたいひとかと思ってた」
「ああ……そうかな」
怠い身体を起こして煙草を点ける。こいつが肺ガンになろうとぼくには関係ない。寧ろなれ。今夜ぼくと出会いセックスした後のぼくの一服の副流煙のせいで、肺ガンになって人生を潰されてしまえ。そう心の中で念じてみたところで、そうなることは有り得ないし万にひとつなったところで、この女の訃報はぼくに届かない。
ほんとうに近寄り難いのはアオリくんだよね、ひとりで言って、ひとりでその女は笑う。いいから、早く帰ってくれないかな。アオリはぼくの運命の双子だ。あいつを馬鹿にしていいのは、ぼくだけ。
適当に理由をつけて女を追い出すと、途端に部屋は静かになる。こんな空ろな気分になるのなら、あんなうるさいだけの女でも傍に置いておいたほうが良かったかもしれない。苛つきで淋しさも紛れる。アオリは今ごろ、愛しい恋人とヨロシクしているのだろう。なんて妬ましい。カミサマはきっと見ている、上辺でなく善人の彼には愛し合える人が居、上辺だけの善人のぼくは今日彼女に死ねと言われる。しかし人間の善さとは行動こそが一番ではないだろうか。本質が善人であれ、悪人と同じ行動をしているアオリは悪人と同じだ。だから世間から蔑まれる。ぼくは根底では真っ黒に濁った心を飼いながらも人を助けヒーローに徹する。じゃあぼくだって彼女に愛してるあなたがいないと生きていけないわ、なんて言われてもいいんじゃないのか。そこのとこはどうなんだろうかカミサマ。
ヒーローはひとりを愛してはいけない、敵の弱みになるから。
そんなのは建前で、ぼくはもう彼女を得たくて得たくて仕方がない。けれど彼女は振り向かない。優等生でテストでは毎回学年一位を争う有能な彼氏がいる。多分大学生のぼくより頭はいい。
だいいちぼくだって好きでヒーローなんかをしているわけじゃない。彼が好きで悪役を演じているわけではないように。ぼくらはそう成る運命の元に生まれてきたカワイソウなひとたちなのだ。自由に悪事を働くことも、自由に善行に勤しむこともできない。
だけどヒーローだって悪くない。今日だって暴漢から救った女と寝ることができた。なにもよくはなかったけれど。
NOBODY IS HERO.
(善人はいない)