甘い香りが鼻腔をくすぐる。きみの匂いだ。それが、たった十分前のはなし。
彼女はいつも自分のおかし入れを持ち歩いている。それには絶えることなく飴やチューインガムなどといった様々なおかしが入っている。それはいつでも白衣のポケットのなかに納まっていて、ちょくちょく取り出しては近くにいる人に中身をあげて彼女も食べる。胃が云々だとかで、休みなくものを食べていると太りやすいと聞いたことがあるけれど、彼女はまったく太っていない。女の子のこういったところは本当にミラクルだと思う。ぼくも、頻繁に彼女からおかしを貰った。
彼女がどうだかは知らないけど、ぼくは彼女が好きだった。それを言う気は毛頭ない。振られるのが嫌だとか、受容れられないのが怖いとか、そんななよっちい理由じゃない。彼女に知って欲しいと、とくに思わないからだ。
彼女は甘い匂いがする。いつもおかしを食べているからだろう。シャンプーや香水にも、原因はあるのかもしれない。ぼくは彼女からする、甘い匂いがとても好きだ。
なのにきみから甘い匂いがしない。どうしてだ。背中にいやな汗が浮き出てぼくは嘔吐感におそわれる。きっと梅雨の不快な湿気が原因だ。きみから甘い匂いがしないなんて、そんなことは有り得ない。それとも、きみは大人になったらそうしておかしを食べることをやめて、いつか甘い匂いをさせなくなるのだろうか。それはぼくにはわからない。少なくとも、今きみの匂いは甘くない。鉄くさい。吐き気を催すあの香り。ぼくは鼻血が喉に流れ込む不快感と焦燥を思い出す。こまったな、これはぼくの好きなきみじゃない。しばらく落ち込んでみたところで、思考をポジティブに切り替える。まだきみの血が付着したままの出刃包丁を意気揚揚と掲げる。あれだけ甘い香りをさせていた彼女のことだ、さぞや甘いに違いない。
my sweet heart
(愛しいぼくの彼女)
(07/07/15)