君の背中のチャックを開

ければ諸行無常の鐘の声





( ぼくたちは産まれる。まっさらなハードディスクをもって )




        一

 わたしはR62号。RはロボットのR、ではなく、単にAの一から順に作っていったというだけ。わたしは数百年とかかった研究の集大成。こんなわたしが。
「なんて偶然だろう。きみはかの有名な作家の著作を知っているかい。それに出てくる彼も、きみとおなじ、R62号と言うのだよ」あの人の話をわたしは黙って聞いていた。わたしは彼の言うその話を知らなかったからだ。こっそり回線で、わたしの頭脳であるK49号に訊く。「知るかよ。そんなもの」当然なのかもしれない。わたしたちには、その手の知識は積まれていないのだ。K49号も物知りとは言え専門は戦術。作戦立ては得意だけれど、物語なんて専門外。
 彼は研究室を抜け出してサボっているとき、よくわたしの話相手をしてくれた。わたしは人を殺すだけの有能で無能な兵器だったけれど、彼はどうしてか、恐れずわたしと接してくれた。彼はいつもわたしに言った、「きみにあんなことをさせる人間はほんとうに馬鹿だ。きみもいつか復讐をするんだ。物語の中の、R62号のように」わたしは曖昧に頷いて彼の胸板に顔を埋める。わたしの髪は人間のそれのように柔らかくはないから皮膚に当たって痛いかもしれないと気付き、急いで身体を起こす。そんなわたしに彼は少しだけおかしそうに笑って、ぽんぽんとわたしの頭を軽く撫でる。彼の黒く不精に伸ばされた髪は、さらさらだ。
 なんだかわたしは気恥ずかしくなって、彼から目を逸らした。機械に恥ずかしいなんて感情、あるはずがないのに。K49号がわたしの回路に直接「ばーか」と送信してきた。




      利己主義者的思想的願望

 彼女はあの子に同情していた。彼女もその昔、あの子のように好き勝手使われていたからだ。
 ぼくは彼女の悪足掻きが終わるのを待つ。十九分四十三秒と二十八が過ぎて、彼女はようやく戻ってきた。少ない旅の荷物だけを持って。結果は聞かずともわかる。
「行かないって」
「そう」
 あの子は、ぼくらが今いるこの大きな家の奴隷だ。好きなように使われて、いらなくなったり壊れたりしたら捨てられる。扱いはまるでローマ帝国。彼女はあの子にここから逃げることを提案した。あなたは可愛いし、探せばもっと優しく扱ってくれるひとが見つかるはずだよ、ぼくに言わせれば笑ってしまう。
 幸せになりたくないの、彼女はとんだお門違いなことを言っていた。なるほど、ぼくらにも確かに幸せになる権利はあるはずだ。そうだろう。けれど、
「あの子は機械人形、人間に扱き使われるのが至上の幸福だよ」
「でも」
「そういう幸福もある」
 すねた子供のように口をとがらせて、膨れた頬はすぐにしぼむ。ぼくはぽんぽんと彼女の頭を軽く撫でてやる。体温を持たない身体。ぼくは荷物を持って立ち上がり、一歩進んで振り返った。
「行こうか」
 こくりと縦に首をふって、彼女は黙って歩き出したぼくの後をついてきた。




      夢

 機械人形をたくさん買ってハーレムをつくった。みんな違う性格で違う容姿なのにどこか同じでつまらない。ぼくは三日で飽きて翌週日曜すべての箇体を資源回収に出した。





        二

 人間は武器を取って戦う。それをわたしが殺して止める。延々とその繰り返しだ。血塗れになるのはあまり好きじゃない、錆びたら困る。
 先日は王様に謁見してきた。王様はとても優しいお人だと聞いていたけれど、嘘だった。きっと機械なんかに優しくする価値はないと思ったのだろう。間違っていない判断だと思う。機械には感情などないのだから。
 いつかかならず復讐をするんだ、彼はよくそう言う。自分がしたくないことをわたしたちに押し付ける人間らに。けれど、彼だって人間だ。わたしは彼を殺したくはない。そもそも先も言ったとおり殺すことは好きじゃない。なのになぜ、復讐でまできらいなことをしなければならないのだろう。そんなの嫌だ。ねえ、けーくん。
「八時方向百四十三メートル先十八人、五時方向三十九メートル先重傷三十二人」
「はいはい」
 要するに敵は壊滅状態だ。わたしたちは国独自の最先端科学技術で作られた重要機密だから、一人残らず消してしまわなければならない。今日も帰りは遅くなりそう。
「けーくん、なぜわたしたちは人間を殺すのだと思う」
「そうプログラミングされているからだろ」
「だよね」
 活動できる人間は姿を消して、屍ばかりが地面を埋める。適当に腰を降ろして下を見れば、やはりそれも人間だった。うん、いい気持ちはしない。上半身が全面的に調子が悪いけれど、帰ってメンテナンスをすれば直る。直らなかったら、焼却炉に行くだけ。「先方は切羽詰っているようだね。今日も明らかに戦闘専門じゃないような人間がたくさんいた」「報告しておく」ぼんやりとK49号の声を聞きながら、わたしは誰かが言ったことを反復していた。「死にたくない」、そもそも生きていないからわからない。




      桜に纏わる話

 ぽつぽつとわたしたちは歩く。わたしたちは移動に乗り物は使わない。持ち歩くオイルや予備の燃料は少々重いが、基本的にわたしたちの主動力はクリーンにソーラー電池だ。いわゆる光合成。なんて地球に優しい。死体は土に還らないけれど。
 いつの間にか随分と東のほうへ来て、気候はすっかり冬の次。まだ町は見えないけれど、薄桃色の可愛らしい花をつけた木が立ち並んでいる。この木を辿って行けば、いずれどこかしらの町に着く。
「この木はなんていうんだろう」
「ソメイヨシノ」
 活動重視につくられたわたしと違い、彼は頭がいい。わたしの何十倍もの辞書を頭に摘んでいる。したがってとてもとても物知りだ。へえ、と相槌をうって、わたしは再び頭上の花の観賞に戻る。
「ソメイヨシノの木の下には死体が埋まっていて、その血を吸って花が色付いているなんていう逸話を聞いたことがある。一体どんな禍禍しい色をしているのかと思っていたけど、ふつうのピンク色なんだな」
 もの珍しそうに、彼も顔を上げる。母国の辞書に「そめいよしの」の名は載れど、正確な画像は載っていなかったようだ。見て判ったのだから、図は載っていたのだろうけど。
「なるほど、わかった。きっと機械人形が埋まっているんだ」
「ばか、迷信だよ」振り返り見てみると、意外に彼もまんざらでもなさそうな顔をしている。「少し休もう。ショートしそうだ」荷物を置くと、木の幹にもたれるように彼は座った。頬に触ってみると、熱さがセンサーから伝わってきた。効果が無いとは判っているが、ぱたぱたと手であおいで風を送ってやる。彼が休むと言い出すといつも退屈でつまらないけれど、今日は嬉しい。
「この国のひとたちは、この花が散る様子を綺麗に思うらしい」
「花が散るのが綺麗なの。変だね」
「そういう感性もあるんだろ」
「ふうん。ね、ね、もし宇宙人が埋まってたら、どうなるかな」
 何を、と言いかけたのち彼の表情が停止して、俯き黙る。首を傾げて彼の顔を覗き込んでみると、悩んでいるらしいことがわかった。彼を悩ませるなんて、わたし、結構すごいんじゃないのか。
 暫くの思案の末、彼はくるしそうに口を開いた。
「緑の花が咲く」




      妻

 わたしの妻は機械人形だ。なりゆきは色々あったのだけれど、ここではさして重要ではないから省くことにする。機械人形の肌触りは気持ち悪いと言うひとが多いらしいが、恥ずかしながらわたしはこんな歳になるまで女性と付き合ったことがなく、他人に触れたことも記憶にあるなかではほとんど無いから気持ち悪いなどと思ったことはない。素材のことはよく判らないが、元々それなりに人間の肌に似せて作られていると思う。よほどのプロでなければ、外見だけでは機械人形かも判らない。生物でなくても、妻とわたしは問題なく暮らしていた。スキャンダラスとも無縁、彼女が生きた人間ではないと知らない者は、なんて夫婦円満な家庭なのだと羨むほどだった。子供は作らないのですか、そう問われると少し心が痛んだけれど。
 ある日、妻が止まった。わたしは急いで機械人形の整備店に駆け込んだけれど、どうやらもうバッテリーが駄目らしい。言われてみれば、彼女はもう二十年近く休み無く動きつづけているのだ。当然といえば、当然だろう。
 バッテリーを変えると、すべてのデータは初期化されるらしい。そんな高級な機械人形でもないから仕方がない。しかし、すると今までの二十年が消えてしまう。わたしは修理を拒んだ。きっと彼女が最初の状態にもどっても、彼女はまたわたしに恋をするのだろう。そう設定されているから。今までの二十年だって、それによって始まった。再び目覚めれば、彼女はきっと二十年分の記憶を失っているだけで、性格も変わらないのだろう。それでも、わたしは修理を拒否した。
 わたしは毎日彼女の身体の手入れをする。気が変わって彼女を修理しようと思ったときに、すぐできるよう。機械のいいところは、身体が腐らないことだ。
「行ってくるよ」
 眠る彼女の目蓋に口付けて、わたしは会社の鞄を持つ。ひんやりとした冷たい肌に、生き物の感触はない。彼女が死んでいる間に人間の嫁を探そう。どんな精巧な機械人形でも、やはり生きた女には敵わない。




      真夏はメタモルフォーゼ

 そのとき、ぼくの町ではペットの機械人形が流行っていた。機械人形殺しが現れたのは、先週の金曜日。たった八日でもう二十三体やられた。いや、少なくとも、今は二十四体だ。ぼくの目の前に倒れている、一体。ぼくは見ていた。暑さで皮膚にへばりつくシャツの不快感に襲われながら、いかにも不良そうなやつらがぼくのペットを壊すところを。ぼくの機械人形をスタンガンでショートさせ、下品な言葉を吐きながら犯した挙句バットで殴り壊してその場に捨てた。ぼくはただ暑さに頭を朦朧とさせながら、その様を物陰から見ていた。警察はこんな事件では動かない、今回は大きな事件になってきたから動くふりはしているけれど、この町は裕福で機械人形を買うくらい大きな出費でもないから、とくに問題ないのだ。ぼくだって、確かにあの子は大切なぼくのペットであったけれど、痛い思いをしてまで助けようとは思わない。
 だいじょうぶ、きみのメモリーのバックアップはしっかり取ってあるから、来月の小遣いが入ったらすぐに修理してあげるよ。可愛らしい外見はもう飽きたから、今度は年上にしよう。なんにせよ、この身体は使いたくない。あいつらの汚い手が触れたから。
 しかし上手く取れていなかったのか、バックアップは使えず最終的にぼくは新しいものを買いなおすこととなった。しかしぼくも気がつけばもう高校二年生で、受験が終わってからにしなさいと両親に言われたたので大人しくそれに従った。
 あんなニヒルぶったことを言ってみたけれど、本当はただ単に怖かっただけだ。ぼくは逃げた。友人もろくにいないぼくには、機械といえ彼女はとても大切だったのだ。なのに、ぼろぼろになった彼女の亡骸を見て、ぼくは涙も出なかった。
誰も信じないから言わないけれど、機械人形にも高度なものには感情があるとぼくは思う。以前工学を少々齧ったのだけれど、人間の脳に限りなく近いコンピューターの開発も進んでいるらしい。それに、彼女はプログラムだけで動いていたのではない。それは確証を持って言える、彼女は時を経て学び、成長していた。
 あれから三年が経ち、みるみるぼくを取り巻く環境は変わっていった。ぼくの国で戦争が始まった。そんな状況なこともあり、結局ぼくはまだ新しい機械人形を買っていない。国自体、そんなお遊びの機械人形を作るくらいならばその材質を兵器を作るのに使用する。この国にはまだ戦闘用の機械人形を作るほどの科学技術はなく、兵士は人間だ。ぼくは元々身体が弱く、ひどい喘息持ちであったから戦場へは行かない。ぼくの彼女を殺した彼らは戦場に赴いた。彼ら自身がそうしたように、戦闘用の機械人形にぼろぼろに壊されたそうだ。




        三

 わたしが彼を好きだと言ったら、彼はどんな顔をするのだろうか。信じるだろうか。
 以前、K49号は彼がわたしに近づくのは研究のためだと言った。そうなのかもしれない、それでもいい。わたしには嘘探知機が埋め込まれていたはずなのだけれど、それは随分前に壊れてしまったらしく、使えない。「けーくん、わたしは、随分と人間に近づいてきたと思うんだよ」
 彼からR62号の話を借りて読んでから、わたしは色々な本を読んだ。異形が人間になる話というのは、それなりに多い。だから幻想と判っていても、もしかしたらわたしも、なんて思ってしまう。とんだ夢物語だ。
 長い時間K49号は黙っていたけれど、たっぷりと間を置いて、諭すように、諦めるようにわたしの頭の中に信号を響かせた。「けど、死体は土に還らない」どうしたってやっぱり、人間と機械は違う。




      輪廻転生

 おれは国で開発され作られた機械人形だ。戦闘用で基本的には命令通りに動くだけだから、あまり難しいことは考えられない。
 戦闘に特化されているおれは、人形と言え見た目は人間とほど遠い。もちろん普通に町なんか歩けないし、普通の機械人形のように人間に混ざって生きることはない。出会う人間は、軍のひとたちだけ。それもみんなおれに見せる顔は仕事用のそれで、友人と話すようには接しない。雑談をもちかけるなんて、もってのほか。
 最後におれが配属されたのは、小さな部隊だった。隊長がひとりに、部下は丁度十人。それに戦闘用特別機械人形が一体。隊長はおれに名前をつけて、部下のみんなもおれにオイルを塗ってくれたり話し掛けてくれたりと、親切に扱ってくれた。その恩に報いようと、おれはいつも全力で戦った。彼らのおれの扱いかたはどこか不自然でぎこちなかったのかもしれないけれど、頭の悪いおれにはそんなことわからなかったし、何よりそうしてくれるだけで充分に嬉しかった。
 弱小部隊が小さな任務を着実にこなしてそれなりの信用を得てきた頃、部隊には重要な任務を渡された。おれは頭が悪いから内容についてはわからなかったけれど、いつものように全力で頑張ればいい。
 率直に結果だけ言うと、任務は失敗に終わった。隊長は重傷で、兵士でありおれの友人でもある十人のうち七人は死んだ。三人も、戦線に復帰するのは難しいそうだ。
 丁度一ヶ月が経ち、隊長から収集がかかった。木の義足を着けて直立する隊長と、一人が松葉杖で一人は点滴の繋がった車椅子。一人は一週間生命維持装置を着けていて意識を取り戻さなかったから、医者に見切られて維持装置を外され死んだ。隊長は大きな声で一人一人全員の名を呼び、順に思い出を語った。松葉杖と車椅子の二人は泣いていた。けれどおれは泣かない。戦闘用の機械に泣くなんて高度な機能はいらないのだ。
 十人全員について話すと、隊長はおれの方を向き、大きな声でおれの名を呼んだ。かつてのような底に響く重さはない。「はい!」おれに手があったならば、隊長の呼びかけに敬礼を以て返すことができたのに。「おれは隊長を十三年ほどやってきたが、機械人形の部下を持つのはおまえが始めてだった。そんな素振りは見せないよう努めていたけれど、本当はお前の扱いには困っていた」おれは黙って隊長の声にスピーカーを傾ける。「しかし! 恐れることは何もなかった。おまえは少し抜けていて、頭の回転が遅かったけれど、戦闘ではとても有能だった、そんな普通の隊員と何ら変わりなかった。おまえは大切なおれの部下の一人だ」ああ、なぜおれは泣くことができないのだろう。いつのまにか、隊長も涙を流していた。それでも隊長は男前だ。おれが人間であったならば、隊長のような人間になりたい。
 地味な送別会の後、隊長は処刑台で自殺した。東の島国で切腹という、とても名誉ある死に方らしい。生き残った一人が言っていた。「おまえは自分が戦闘用の機械人形だから、この任務の失敗を自分がもっと頑張っていればだとか思っていそうだけど、誰もおまえを責めてはいないよ。誰が悪かったとか、そういうわけじゃないんだ」、もう一人の頭の切れるやつが、おれに言った。じゃあ一体なにが悪かったのかと問うと、「運とめぐり合わせだね」と肩を竦めながら返された。彼は友人たちのなかで一番おれの性質、人間的にいうなれば性格をよくわかってくれていた。彼はその後頭脳を活かして他の地方で軍師として活躍し、もう一人は故郷に帰った。もうおれを名前で呼ぶひとはいない。
 あれから二つほど他の任務をしたけれど、それによってガタが見つかり俺は廃棄されることになった。スクラップされて、おれは新しい戦闘用機械人形になる。




        四、ほんとうのこと

 彼女はずるずると引きずっていた木の棒を投げ捨てて、憂いを帯びた目で祖国を見た。まだ幾つかの建物がめらめらと炎を上げているのが見える。
「彼は、」「死んだよ」「どうして殺したんだ」「殺してない。でも、国がこんな状態じゃ、生きてはいないよね」「どうして」どうして、どうしてだって、笑っちゃうね、ははは、言いながら彼女は歩き始める。廃墟と化した町の中をつらつらと。
「どうしてだって。彼もきっと喜んでるよ。わたしは彼が願った復讐を成し遂げたのだから」彼が願ったからだなんて、そんなの嘘だ。
 誰も認めぬきみの感情の存在を、ぼくは認める。きみの感情は、こうしてきみと頭を共用するぼくだけが知れる。最大の特権。しかし理解できるだけではなににもならないことも、ぼくは知っている。ぼくたちは0と1の組み合わせだけでできた感情もなにもない、インストールされたことが世界のすべてな機械人形だ。自分たちだけが知っている、ぼくたちは日々のなかからいろいろなことを知り、確かに少しずつなにかを学んでいることを。きみの悲しみも、ぼくだけが知ることができる。
 国の建物という建物は原型をとどめていなかった。国の生き物という生き物は息の根を止められ、ただの物体と化していた。生体反応がどこにもない。この広い国の中、どこにもだ。どうにかしたくても、ぼくには何もできないのだった。ぼくには身体がなく、彼女の頭の中で彼女の目を通して世界を見、彼女の耳を通して世界を聞き、彼女にお得意のコンピューターを使って賢い話をしてやることしかできないのだ。彼女の言動の管理はできても、彼のように抱きしめたりはできない。「彼の望みをこうして成し遂げることができて、お前は嬉しいのか。R62号」「うん……嬉しいよ。でも、あの人は死んでしまった」
 ぼくは彼がそうしたように、彼女の頭を撫でてやりたかったけれど、身体のないぼくにはどうにもできないのだった。彼や国のこと、ときには国を壊したことすら忘れたようにどうでもいいことを話しながら、数日歩き通して彼女とぼくは国の端に出た。「行くのか」「うん」
 先刻述べたように、ぼくは彼女の行動を制御できる。そもそもぼくは、今回のように彼女の暴走を止めるために彼女の頭の中に埋め込まれたに違いないのだ。けれどぼくは彼女の破壊活動を止めようなんてみじんも考えなかった。今はつらくとも、こうすれば彼女は国を出て戦場に居ずとも生きられる。彼の死を悲しむであろうこともわかっていたけれど、そうすれば彼女が頼れるのはぼくだけだ。ぼくの得意とするところは、戦略の作成なのである。
「どこかの町で、ぼくをきみと切り離さないか。金は、この国から幾らでも持っていける。女の一人旅は危ない」「ロボットだよ」女だなんて、と言って彼女はくすくすと笑った。空が白んでいた。燃えるものを失い町に灯っていた火も消えている。「でも、いい考えだね」「だろう」そしてぼくらは国を出ることとなった。目的もなにもない旅だ。
「行こうか」
 ぼくに身体ができたら、なによりもまず彼女の頭を撫でよう。


photo by 大正ライカ

(07/05/31)