四、ほんとうのこと
彼女はずるずると引きずっていた木の棒を投げ捨てて、憂いを帯びた目で祖国を見た。まだ幾つかの建物がめらめらと炎を上げているのが見える。
「彼は、」「死んだよ」「どうして殺したんだ」「殺してない。でも、国がこんな状態じゃ、生きてはいないよね」「どうして」どうして、どうしてだって、笑っちゃうね、ははは、言いながら彼女は歩き始める。廃墟と化した町の中をつらつらと。
「どうしてだって。彼もきっと喜んでるよ。わたしは彼が願った復讐を成し遂げたのだから」彼が願ったからだなんて、そんなの嘘だ。
誰も認めぬきみの感情の存在を、ぼくは認める。きみの感情は、こうしてきみと頭を共用するぼくだけが知れる。最大の特権。しかし理解できるだけではなににもならないことも、ぼくは知っている。ぼくたちは0と1の組み合わせだけでできた感情もなにもない、インストールされたことが世界のすべてな機械人形だ。自分たちだけが知っている、ぼくたちは日々のなかからいろいろなことを知り、確かに少しずつなにかを学んでいることを。きみの悲しみも、ぼくだけが知ることができる。
国の建物という建物は原型をとどめていなかった。国の生き物という生き物は息の根を止められ、ただの物体と化していた。生体反応がどこにもない。この広い国の中、どこにもだ。どうにかしたくても、ぼくには何もできないのだった。ぼくには身体がなく、彼女の頭の中で彼女の目を通して世界を見、彼女の耳を通して世界を聞き、彼女にお得意のコンピューターを使って賢い話をしてやることしかできないのだ。彼女の言動の管理はできても、彼のように抱きしめたりはできない。「彼の望みをこうして成し遂げることができて、お前は嬉しいのか。R62号」「うん……嬉しいよ。でも、あの人は死んでしまった」
ぼくは彼がそうしたように、彼女の頭を撫でてやりたかったけれど、身体のないぼくにはどうにもできないのだった。彼や国のこと、ときには国を壊したことすら忘れたようにどうでもいいことを話しながら、数日歩き通して彼女とぼくは国の端に出た。「行くのか」「うん」
先刻述べたように、ぼくは彼女の行動を制御できる。そもそもぼくは、今回のように彼女の暴走を止めるために彼女の頭の中に埋め込まれたに違いないのだ。けれどぼくは彼女の破壊活動を止めようなんてみじんも考えなかった。今はつらくとも、こうすれば彼女は国を出て戦場に居ずとも生きられる。彼の死を悲しむであろうこともわかっていたけれど、そうすれば彼女が頼れるのはぼくだけだ。ぼくの得意とするところは、戦略の作成なのである。
「どこかの町で、ぼくをきみと切り離さないか。金は、この国から幾らでも持っていける。女の一人旅は危ない」「ロボットだよ」女だなんて、と言って彼女はくすくすと笑った。空が白んでいた。燃えるものを失い町に灯っていた火も消えている。「でも、いい考えだね」「だろう」そしてぼくらは国を出ることとなった。目的もなにもない旅だ。
「行こうか」
ぼくに身体ができたら、なによりもまず彼女の頭を撫でよう。
photo by
大正ライカ
(07/05/31)