四月十六日(水)
 昼休み、五日ぶりにナチと会った。何の連絡もなく、急であったからとても驚いた。近くに寄ったからなどと言ってはいたが、あれは絶対嘘だろう。俺に弁当を届けるためにわざわざ来てくれたに違いない。可愛いやつだ。もう昼飯を終えていたので、先刻夕飯として食べた。あいつの作る飯を食べていると、あいつが本当に俺の好き嫌いを熟知していることが分かる。早くまた会いたい。次に会えるのはいつになるだろう。
 そういえば、今日の午後に現行犯として女が一人射殺されたらしい。詳しい事情は聞いていないのでその女がなにをしたのかも、どこで射殺されたのかも俺は知らない。しかし、犯罪者がわざわざ現場で射殺されるなどという話は初めて聞いた。少なくとも、俺が警察に就職して八年の間では初めてだろう。八年なんて短い期間じゃわからないけれど。彼女は一体どんな罪を犯したというのだろう。たいしたニュースは聞いていないから、今日は酷い事件もなかったようだ。未遂だったのだろうか。
 明日は五時起きだから、今日は早めに寝よう。俺の管理内では今日はたいしたことはなかった。いつも通り、それなりに平和な一日だった。


四月十九日(土)
 この前イツルが死んで一年になったことだし、今日は仕事がオフだったけれどナチは仕事で暇だったのでイツルの墓参りに行くことにした。死んだ人間の為に休日返上するなんて、俺はなんて友人思いな人間なのだろう。
 わりと墓周りは綺麗になっていた。まだ恋人がちゃんと手入れをしているようだ。恋人の名前はなんと言っただろか…………忘れてしまったけれど、確かかなり下の層の人間だったはずだ。Dくらいかな。彼女も大変だったに違いない、この階級社会のご時世に。イツルが死んでしまったことだし、今はまた以前住んでいた下位の街に戻されたのだろう。イツルの家や財産が残っていても、恋人が役に立つわけではあるまい。強制送還にされたのだろうか。可哀相に。玉の輿のチャンスだったというのに。DとAじゃ、生活は天と地の差だ。
 そう考えてみると、イツルの墓は確かに周りのものと比べれば綺麗であったけれど、確かに一年前よりは荒れていた。寂しくはあるが、仕様のないことだ。死んだ人間は忘れられていく。仕方がない。現に俺だって、日常生活の中でイツルを思い出すことはもうあまりない。俺も死んだらいつかは忘れられるのだろう。長生きしたいものだ。
 明日は日曜なのに出勤。面倒。


四月二十四日(木)
 アサトが消えたらしい。いつまで経っても出勤してこないし連絡もなかったからと上司が家に電話をしたが誰も出なかったので、昼過ぎに部下を家にやったところ誰もいなかったらしい。鍵は開けっ放しで、家はまったくいつもと同じ状態だったそうだ。これが二十日のこと。しかし、俺は一昨日アサトからメールを受け取っている。わけのわからないものだったから返事はしていない。誘拐の可能性も考えられているらしいが、今のところ捜索が始まる様子はない。あいつを誘拐して何になるというんだ、俺は絶対に誘拐ではないと思う。あいつを誘拐しても、得られるものがなにもない。あいつのことだから、ふらっと消えて忘れた頃に何もなかったように戻ってくるのではないだろうか。とは言え、やはり心配だ。一昨日のメールも気になる。
 消えたといえば、先日射殺された女の遺体も消えたらしい。十七か、十八日だっただろうか。司法解剖をするか否かといった議論がどこかであったそうだが、銃で撃ち殺されたのだから死因は弾傷に決まっているじゃないか。なぜわざわざ解剖する必要があるのか分からない。議論が終わる前に遺体は消えてしまったらしい。遺体なんて誰が持っていくんだ。気持ち悪い。署内に死体趣味でもいるのだろうか。どうせ何日か経てば液状化するから持っていっても意味がない気もするのだが……いや、もうこれについて考えるのはやめよう。興味はあるが、首を突っ込むほどでもない。遺体は消えて、もう戻ってはこないだろう。それより、明後日は久方ぶりにナチとデートだ! どこへ行くか、どこで食事をするか、ちゃんと考えておかないと。


四月二十五日(金)
 郵便受けに封書が入っていた。どういうことだ。これはなんなんだ。
 意味が分からない。


四月二十六日(土)
 すっかり上の空だったらしく、ナチに酷く怒られた。久しぶりに本気で別れの危機を感じた。怒っていたが、とりあえずは大丈夫だろう。
 ナチには悪いが、正直それどころではないようだ。あいつから送られてきたものについて考えなくては。



四月二十八日(月)(抜粋)
 まずいことになった。俺は死ぬかもしれない。そういうことか、あの野郎。
(他部分は現時点では解読不能。現在解読中)



五月二日(土)
 いつ死んでもいいよう遺書は引き出しの中に入れておいた。ごめんな、ナチ。
 どうする、俺は逃げたほうがいいのだろうか。まだ誰にも気付かれていないだろうから、無闇に怪しまれる行動は取らないほうがいいだろう。しかし、気付かれてから逃げるのでは遅すぎる。どうしたものか。とりあえずは、今まで通り生活しよう。アサトはまだ無事に生きているのだろうか。……あまり考えたくないが、恐らく、ほとんど望みはないだろう。
 しかし、腑に落ちない。彼女は何故射殺されたのか?


五月六日(水)
 別に俺は今の政府にも、世界の状勢にも不満はない。正しいとは言わないが、あながち間違ってもいないだろう。しかし、こんなものなくても世の中は普通に回るのではないか? やつらはなにを脅えているのだろう。
 知った以上、俺は犯罪者として捕まるだろう。まったく馬鹿げた世の中だ。アサトもこんなものを俺に送るとは、いい迷惑だ。なにがしたいのか、わけがわからない。


五月七日(木)
 すべての答えは世界の果てにあるだろう。しかし、





(中略)





五月二十三日(土)
 人間は以前、世界の果てに住んでいたそうだ。ということは、以前そこのは人間が暮らせる環境であったということだ。しかし今は暮らせないと言う。なにが変わったのだろうか。
 人間は以前、「みる」ということができたらしい。今硝子球の入っている穴には、違うものが入っていたらしい。

 耐えられない。俺は逃げる。
 人間から視力を奪ったのは政府だ。







 日記はここで途切れている。現在読解不能な箇所の解明が進んでいるが、全ての解読は期待出来ない。




(07/12/05)