きみたちは休みというものを知らなさすぎだ。よくない。いつも全力ではすぐに疲れてしまう。みちとしはそれをわかってない。たまには休まなきゃだめだ。だから休まざるをえなくなるようおれが休んでいるというのに。まあ、おれはおれで好きで休んでいるのだからいいけれど。 「浮上浮上浮上浮上不浄浮上」 「……なにそれ」 「グルーミーが元気になるおまじないだよ」 「まったく効果を感じないけれど」「なんと」大仰におどろいた仕草をする。 「なんと。おれはべつに、元気がないから弾かないというわけではない。そういうときもあるけれど」「興味深い話ですね」背中を丸めて蹲るおれの前にちょこんと正座をする。薄暗いスタジオのライトで彼女の明るい黄色が乾いた反射光をはなった。ここだけの話。 「わずらった」 頭を八度左に傾けるとフードで照明が遮られ、すと視界が暗くなる。おお。レモンがまのぬけた声をあげる。まがぬけているのはいつものことか。 「すばらしいことだね」「そうかな」平生より機嫌のよい顔がさらに嬉しそうになる。にこにこ。ときおり、こんなように笑えたらと思う。しかし思うだけでそうはしないところからすると、おれは今の自分に満足しているようだ。 「とおいんだ」「とおい」不思議そうな顔で首を傾げる。「数十億光年」「とおいね」「とおいよ」 厚い壁の向こうでエレベーターの開く音がした。ようやく他の人も来たようだ。今日は弾こう。なんとなく、弾いてもいいような気がするのだ。立ち上がろうと床に手を置く。「グルーミー」手に力をこめるのをやめて、おれを見上げるレモンを見る。純真な目も、騙されなければ恐ろしくはない。なに、と口の動きだけで答える。 「あきらめてはだめだよ」「そんなつもりはない」まだなにもしていないんだ。扉の向こうで自販機がペットボトルを吐き出した音。来たのはみちとしに違いない。彼はあそこで水を買う。「がんばれ桃原グルーミー!」「おれはそんな名前じゃない」がちゃんと取っ手が下がって扉が動く。見慣れた青が顔をだした。「ミッチー!」「うお、なんだなんだ」レモンに飛びつかれて困惑顔ながらまんざらでもない様子。「未完(すえじし)と紫香楽(しがらき)さんももうすぐ来るって」「ういーす」「灰原は」「グルーミーも今日は弾くそうだよ」「おお。やっとか」「ミッチーのために弾くんじゃないんだからねって言ってるよ」「言ってない」ケースのチャックを開くと数日ぶりのジャズベース。ひさしぶり。シールドを繋ぎスイッチを入れれば生温かいノイズ音。世界の彩り。ご開帳。 |