イントロダクション イズ スロウ




 本番を終え緊張の糸が解けたのか一気に賑やかになった楽屋を一足先に後にする。夜の歩行者天国はほどよい風で、汗ばんだ身体に心地好い。夜でも人通りはそれなりで、酔っ払いや何やら物を売っている若者、スケートボードやダンスの練習をしている集まりなどで昼とは違った賑わいを見せている。地下に降りて迷路のような道を進んでいつもの線に乗る。その違和には改札を通ったくらいに気がついた。しかし気にすることはない。寧ろなんだか楽しくなってきたくらいだ。
 線を降りると私のマンションはすぐそこだ。五分もせずにくすんだクリーム色の建物が見える。エントランスに入って少々立ち止まり考えて、エレベーターに乗る。五階。右に数えて四つ目が、私の部屋だ。無人のエレベーターが閉じて、ランプがひとつずつ下の階を示す。一階で、光は長く静止する。それを私はじつと見る。然程待たずに、ランプは再び動き始めた。二階、三階。
 細い線で算用数字の五が浮かび上がる。音がしてエレベーターの動きが止まると、扉が徐に開く。
「げ、」「こんばんは」
 見慣れた二人が、エレベーターの中で悪戯の見つかった子供のような顔をしていた。事実、そうだろう。
「うっわースズメ、超偶然」「無理がある……ごめん雀さん、ほんとこいつ馬鹿で」「なにか忘れ物でもしたかな」「……」気まずそうに、二人は顔を見合わせる。言い訳の準備をしていなかったようだ。
「あー……とスズメ、怒ってる?」「どうして?」なにを怒る必要があるのか。「あと、つけたこと」「怒らないよ」「俺すげー止めたんだけど、たっくんぜんぜん聞かなくて」「適当言うな」タクヤくんがやつやの脇腹を小突く。はは、と取り繕うような笑顔を浮かべる。どうせ嘘が通じていないないことはわかっているのだろう。
「どうしてこんなことを」「ううやっぱ怒ってる」「あの、この馬鹿も馬鹿なりに考えてて、」「馬鹿馬鹿いうな」「うん、それで?」「雀さんが入ってもう随分経つけど俺ら全然雀さんのこと知らないなって、思って」言葉は小さく途切れていく。やつやは悪戯が見つかり咎められることを恐れているが、タクヤくんはこの行為が倫理的によろしくないとわかっている。方法については、私は特に気にしていないけれど。「もっといい方法、あったと思う。ちゃんと止めればよかった」申し訳なさそうに項垂れる。その空気に感化されたように、やつやも情けない顔をする。一方私はというと二人を咎める気など毛ほども持ってはいなかった。むしろ愉快な気分である。嬉しいというのが一番正しい。「本当に怒っていないから、このことはもう気にすることはない。折角ここまで来たのだから、上がって行くといい。酒もあるし夕食も作れる。私も君たちと話したい」